清水の舞台

昔から思い切ったことをするには「清水の舞台から飛び降りたつもりで」といいます。
命がけで念じ、舞台から飛び降りて無事であれば物事は成就するとされ、
江戸時代148年間に234人が飛び降り、生存率は85.4パーセントと記録に残っています。

牛若丸と弁慶が戦ったのは五条の大橋と伝えられていますが、
本当は五条天神で戦い勝負が付かず、
翌日この舞台での再試合で勝負が決したともいわれます。

清水の舞台には、後の人が奉納した弁慶の錫杖と鉄の下駄があります。
又本堂壁面の長押には、弁慶が指で削ったという傷跡が延々と続いています。

随求堂の前には、景清燈籠があります。
悪七兵衛景清が平家滅亡後捕らえられて、牢の中で爪で刻んだという観音様が納められています。
朝倉堂の前には景清の足跡(仏足跡)が残されています。

童謡唱歌に歌われた一寸法師は、姫のお伴をして清水寺にお参りし、
小さな身体で姫を襲った鬼をやっつけました。

弁慶の錫杖と下駄                      景清の足型石  

             

 影清爪彫りの観音                         清水舞台から市内を望む