志賀の大仏(おおぼとけ)

志賀越えの道の終わり近く、ささやかなお堂の奥に志賀の大仏があります。
大きな花崗岩に厚肉彫りされた像高3.2mの阿弥陀如来は、
志賀の方から京へ行く人々を東に向かってやさしく出迎えています。
特に苔蒸した自然石を背にする鎌倉時代作の石仏を
横から眺めるとき、一層の迫力が感じられます。

明治23年琵琶湖疏水が造られ、舟で荷物が京へ運ばれるようになるまで、
牛車が米俵5俵を積んでこの山路をたどって行ったのです。

北白川、山中町、志賀の3体の石仏を初め路傍の小さな石仏達が、
この志賀峠の盛衰をずっと見守ってきました。

またこの近くには、天智天皇が667年大津に都を移されたとき、
天皇の勅願によって建てられた崇福寺の廃寺遺跡が残されています。

  志賀の大仏                        横から見た志賀大仏  

               

    大仏礼拝堂                           崇福寺廃寺碑