大江山 酒呑童子

「昔丹波の大江山 鬼ども多くこもりいて 都に出ては人を喰い 金や宝を盗み行く」
これは戦前の小学唱歌「大江山」です。

大江山の酒呑童子といえば、平安朝の頃若者や娘たちをかどわかし、
都を恐怖に陥れた鬼の集団の頭領が思い出されます。

一条天皇の命を受けた源頼光ら四天王と藤原保昌は、鬼退治に大江山へ向かいます。
その時の山伏姿の像が写真に見られる一行です。
大江山で頼光たちは、酒呑童子と酒を酌み交わして語り合います。
酒天童子は、比叡山を棲みかとしていたが、
最澄が延暦寺を建てた時比叡山を追われ、大江山に住む現在の姿を語ります。
しかし、頼光は酒に毒を混ぜて酒呑童子に勧め、鬼の酔っぱらったところを討ち取りました。

大江山は京都市西京区の老の坂にある大枝山の山賊の話であるともいわれています。

  福知山城から大江山を望む                 大江山酒天童子    

          

鬼の交流博物館内部                      鬼の交流博物館