寺田屋 龍馬とお龍

寺田屋は薩摩藩の定宿であり、
土佐藩を脱藩した坂本龍馬もよく逗留しています。

慶応2年(1866)1月22日、龍馬の斡旋により西郷隆盛と木戸孝允の間で薩長同盟が結ばれ、
23日夜寺田屋へ戻ってきた竜馬と三吉慎蔵は寛いだひとときを過ごしていました。
夜も更けた午前3時ころ、お龍は風呂に入っていましたが、
宿を取り巻く伏見奉行の捕っ手の気配に、浴衣姿で2階の二人に急を告げます。
龍馬は鉄砲でしばらく応戦の後、傷を負いながら屋根伝いに逃れ、
 500mほど離れた豪川沿いの材木小屋へ隠れます。

お龍の知らせを聞いた薩摩藩は、舟で竜馬を救出、
無事藩邸に隔離しました。

その後、龍馬とお龍は鹿児島へ向かいますが、
これが日本最初の新婚旅行とされ、寺田屋の川向うに愛の旅路の像があります。

龍馬の隠れた小屋跡は今マンションとなり、
少し離れた大手橋のたもとに竜馬避難小屋跡の碑があります。

 

寺田屋 再現された龍馬ゆかりの部屋 

龍馬避難小屋跡の碑 
   
  
竜馬避難小屋跡  

 島津藩伏見屋敷跡の碑