月輪陵 後月輪陵

鎌倉時代初期、81代後堀河天皇は泉涌寺への崇敬厚く、ここを勅願寺とされました。
そのあとを継いだ82代四条天皇がわずか12歳で崩御されると、
仁治3年(1242)泉涌寺で葬儀を行い、この地に山陵が営まれました。

その後、108代後水尾天皇から120代仁孝天皇に至るまでの天皇、皇后、親王ら25陵、5灰塚、9御墓があります。
月輪陵の前の制札には14の天皇の名が書かれています。
それとは別にここ月輪山に葬られた最初と最後の天皇、後堀河、121代孝明天皇陵もあります。

泉涌寺仏殿の奥には霊明殿があり、ここは皇室のお仏壇ともいうべき聖域です。
38代天智天皇と49代光仁天皇から124代昭和天皇に至るまでの
歴代の天皇・皇后の御尊碑(御位牌)が安置されています。

御座所は霊明殿とともに明治15年炎上し、
その後、京都御所の皇后宮御里御殿を下賜されたもので、安政2年(1855)に造営された建物です。
天皇、后妃が月輪陵ご参拝の折の休憩所にあてられました。

前のお庭には光格天皇遺愛の雪見灯篭が置かれています。

月輪陵   後月輪東山陵(孝明天皇陵) 
           
 御座所庭園   右奥 霊明殿